第4回 院内感染サベイランス入門
福岡大学病院 感染対策室 室長 向野賢治
サベイランスとは何か
最近、感染対策の分野でサベイランスがよく話題となっている。サベイランスとはどの病院感染がどこに、どの程度、どのような疾患の症例に発生しているのか、またその原因は何であるかなどを調査することである。日本では「サーベイランス」と書くが、ここでは英語の発音に合わせて「サベイランス」書く。
ではサベイランスとは、具体的にはどのような方法で行うのかを以下に述べる。
サベイランスの基本
サベイランスの基本は、一つは流行曲線を描くことで、もう一つは、感染率を求めることある。
1)流行曲線を描く
流行曲線(epidemic curve)とは発生患者数を棒グラフにして、時系列で表したものであり、ヒストグラムとも呼ばれている。図1、2のように流行曲線から流行の2つのタイプを見出すことができる。1つはCommon
source epidemics (ありふれた感染源による流行)で、もう一つは、Propagated epidemics(伝播性流行)である。
前者は、2次感染の少ない食中毒のような、一過性の感染症の場合であり、一般に対数正規分布型を示す。後者は、伝播性の強いインフルエンザのような持続する流行で見られる。
流行曲線を描くことによって、感染症の潜伏期や感染力がわかり、さらに詳しく解析することで、感染源を推定することが可能である。
2.)感染率を求める
次に大切なことは、感染率、正確にいうと感染症の発生率を計算することである。以下に示した式が感染率の公式であり、感染症疫学の基礎である。
「Incidence(頻度)」が感染症の発生率である。ここで重要なのは「Incidence」は「prevalence(有病率)」とは異なるという点である。「Incidence」はある一定期間(例えば、1999年4月から1カ月間)における患者の発生を見るものであり、「prevalence」はある時点(例えば1998年4月15日)における患者の発生を見るものである。
分子の「outcome(結果)」は感染症の発生件数であり、これは感染症(infection)に限定され、保菌状態(colonization)をカウントするものではないということを注意しなければならない。基本的にサベイランスの対象は「infection」であって、「colonization」それ自体には実害がないからである。
分母は、「exposure(曝露)」となっているが、「exposure」とは、患者がさらされている条件と言ってよいだろう。この分母はいろいろ変化する。例えば、4月の入院患者数であったり、5月の手術を受けた患者であったり、あるいは血液透析を受けた年間患者数であったりする。
サベイランスの意義
流行曲線は、感染症の突発的な流行の調査(Outbreak
investigation)を行う時にとくに有用であるが、MRSAのような日常的な病院感染では、感染率を求めることが不可欠の作業になる。このためにサベイランスが実施される。感染率を減少させる、あるいは低いレベルに維持するということが、病院感染対策の目標です。(病院感染症の発生をゼロにすることは不可能だろう)。
サベイランスを実施して、感染率が高ければ、感染対策を実行し、もう一度サベイランスを行う。この時に感染率が低下していれば、その感染対策は意味があったということになる。効率的な感染対策を行うためには、サベイランスは不可欠であり、ここを理解することが無駄な感染対策を避けるための基礎になる。さらに、感染率を比較し相対危険率を求めて、問題点を指摘することもできる。
院内感染症の定義
サベイランスの実施に当たっては、院内感染症の定義を確定させることが必要である(資料1)。ここがあいまいだと、サベイランスのデータに誤差が生じてくる。信頼性のないデータとなり、サベイランス自体が無意味なものになりかねない。患者が感染しているのかどうかを一定の基準で判断し、データを収集するということは、非常に重要な出発点である。さらにCDC
の各種疾患の定義3を使用することをお勧めする。
そして、この疾患定義を固く守り、変更しない方が望ましいだろう。一貫した定義を持つことでほかの施設との比較が可能になるからである。
資料1 院内感染の定義
| 1.入院時に、その感染病原体を患者がもっておらず、ふつう入院後48〜78時間以上注1)あるいは退院後10日以内に注2)に起きた感染症 2.手袋・処置に関連した感染症注3) ・術後感染症は、術後30日以内 ・装具・異物の植え込みの場合は、1年以内 |
ターゲットサベイランス
こうして数名の感染対策チーム(ICT)は、サベイランスという困難な海に乗り出すわけだが、しばらくすると疲労と失望が押し寄せてくる。一体、何のためにこんな苦労をしなければならないのかという自問自答に陥り、労多くして効果なしではないかと思ってしまうのである。このことは欧米でも問題となり、すべての院内感染症を調査するという全病院的サベイランス(hospital-wide
surveillance)は実施されないようになってきた?。感染パターンの傾向を明らかにするのに、病院全体のデータを確認する必要はなく、莫大なデータを解釈するのは非常に困難だからである。
変わって主流になってきているのが、ターゲットサベイランス(targeted surveillance)である。このターゲットサベイランスというのは、分母となる患者集団と分子となる疾患の種類を限定し、それをターゲットとしてサベイランスを行う方法である。主に器具関連院内感染症の調査が一般的であり、代表的疾患には資料2の4つが挙げられる。
資料2 ターゲットサベイランスの対象となる代表的疾患
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1.手術部位感染(Surgical Site Infection) 2.血管カテーテル挿入患者における菌血症 3.膀胱留置カテーテル挿入患者における尿路感染症 4.レスピレーター患者における肺炎 |
また、感染率の計算方法も独特なものがある。手術部位感染の感染率の求め方については資料3に示した。カテーテルなどの器具挿入に伴う感染症は、その器具を装着していたのべ日数が分母になり、以下のような計算方法となる。
資料3 手術部位感染(Surgical
Site Infection:SSI)の感染率の求め方
例えば、ある病棟で血管カテーテルを挿入している患者が2人いて、1人は10日間挿入していたが感染はなく、もう1人が7日目に感染を起こしたとしたら、分子は1、分母は10+7=17である。感染率は1/17x1000=58.5となる(感染率の基準となるデータは文献5)を参考)。この時、パーセンタイル(百分位)という単位で表示されることも覚えておきたい。
全病院的サベイランスからターゲットサベイランスに転換したとしても、サベイランスのデータ収集・解析の難しさは付いてまわる。よりよい、有用な方法の確立のために、さらに試行錯誤と学習が必要である。
資料4 NNISリスク係数
| 1.ASA術前評価スコア
注1)の 3,4,5 1点 2.T時間注2)以上続いた手術時間 1点 3.伝統的な創分類法注3)で汚染手術 1点 あるいは不潔手術と分類された手術手技 1.2.3を合計する。スコアは0〜3点。 |
注2)T時間(ある手段の75%がこの時間内に終了する)
| ACバイパス術 | 5時間 |
| 虫垂切除術 | 1時間 |
| 胆嚢摘出術 | 2時間 |
| 大腸手術 | 3時間 |
| 帝王切開 | 1時間 |
注3)伝統的な創分類法
1.清潔:手術部位に感染や炎症がないこと、淆潔な術創とは本来閉鎖創であり、ドレナージが必要な場合でも閉鎖式のドレナージであること。貫通していない外傷に対する術創も上記の基準に合致すれば、このカテゴリーに入れる。呼吸器、消化器、生殖器、感染を起こしていない尿路の術創はこのカテゴリーに入れない。
2.準清潔:特別な汚染がなく、管理された(緊急などではない)状態で手術された呼吸器、消化器、生殖器、尿路の術創。例えば、技術上目立った失敗がなく、感染を起こしていない胆道、虫垂、膣、口膣咽頭の手術などがこのカテゴリーに入る。
3.汚染:事故による開放性の新しい創傷。無菌的操作がなされなかった手術(例えば、開胸心臓マッサージ)、胃腸内容物の流出がある手術、非化膿性炎症部位の切開はこのカテゴリーに入る。
4.不潔:壊死組織があり、感染が臨床的に認められる古い外傷創の手術。腸を貫通した古い外傷創の手術。すでに術後感染を起こしている細菌がいる部位を手術する場合は、このカテゴリーに入る。
引用・参考文献
1)Pottinger JM: Basic of
surveillance. Infect Control Hosp Epidemiol 18, P.513〜527, SLACK 1997.
2)小林寛伊訳:サーベイランスのためのCDCガイドライン、メディカ出版、1998.
3)CDC, Guideline for Prevention of Surgical Site Infection, 1999.
4)向野賢治、イギリス厚生省とCDCのガイドライン、医学のあゆみ、185;967-969,
1998.
5)CDC, NNIS system, Method and analysis, 1994.