山崎光夫「北里柴三郎 ドンネルと呼ばれた男」を読んだ。

| コメント(0) | トラックバック(0)



伝染病研究所文部省移管問題には、北里と東大の長い間の確執だけでなく、


当時の政友会と立憲同志会の政争も絡んでいたらしい。


救われるのは、北里がそれほど恨みを残してないことだ。


伝染病研究所には残れなかったが、すぐに北里研究所を作り、慶応大学医学部を作った。


これでよかったのだと思ってしまう。


北里の心の広さ、偉大さにますます感服する。


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://hica.jp/mt/mt-tb.cgi/74

コメントする

Feeds

最近のブログ記事

当院におけるサクションの方法
当院では、使い捨てのサクションカテーテル…
尿道留置カテーテルを着けている人がリハビリに来た時
当院では尿道留置カテーテルを着けている人…
当院の清掃会社が使っている風呂洗浄剤
当院の清掃業社が使っている風呂の洗浄剤の…

Language